私達のお父さんは、グランバニアの国の王様です。
今はお母さんを助け出す旅の途中だけれど、王様としてのお仕事もちゃんとしているの。
今日はラインハットに立ち寄って、親友のヘンリーおじさまと大切なお話があるんだって。
私とお兄ちゃんは、コリンズ君のお部屋で一緒に遊ぶことになりました。
けど…。
「なんだよ!レックスの馬鹿!」
「い、いきなりどうしたの?コリンズ君・・・?」
「うるさい!二人とも出て行けよ!」
急にコリンズ君が怒り出したの。
私、コリンズ君ってなんだか苦手です。
「変なの…。行こ?タバサ」
「う、うん…」
私はお兄ちゃんに手を引かれて、コリンズ君の部屋を後にしました。
部屋を出るとき、ちらりと見えたコリンズ君の顔は、なんだかとても寂しそうでした。
「あ、お父さん。それにヘンリーおじさん!」
部屋を出てすぐの角を曲がると、お父さんとヘンリーおじ様の姿が見えました。
「良い子にしてたかい?二人とも。…あれ?コリンズ君はどうしたんだい…?」
「知らないよ…。急に怒り出して、でてけー!だってさ。変なコリンズ君…」
「あぁん?ったくしょうがねぇなあの悪ガキは…。ごめんな?二人とも…」
「い、いえ!そんな…。私たちが、何かコリンズを怒らせること言ったのかも知れないし…」
とは言っても、本当はぜんぜん解らないの。
普通におしゃべりしてたら、急にコリンズ君が怒り出して…。
本当に、どうしちゃったのかな?
「いいや、ここは父親らしくビシィ!っと叱ってやらないとな、ビシィっと!」
「まぁまぁヘンリー…。とりあえず、コリンズ君の話も聞いてみようじゃないか?」
「おぅ。ビシィ!っと聞いてビシィ!っと叱ってやる!」
なんだかやる気いっぱいのヘンリーおじ様と一緒に、再びコリンズ君の部屋に向かいました。
「こるぁコリンズ!!!…ってあら?」
部屋のドアを開けると、中にコリンズ君の姿はありませんでした。
「あれぇ…?どこ行っちゃったんだろ、コリンズ君…」
きょろきょろと部屋を見回すお兄ちゃん。
でも、どこにもコリンズ君の姿はありません。
「蛙の子は蛙、だな。ヘンリー?」
お父さんは悪戯っぽくクスクスと笑っています。
「あぁまったくだ。自分の子だって確信できて安心するよ?」
わははと笑うヘンリーおじ様。いったい二人とも、なにがそんなにおかしいのかな?
「ねぇねぇお父さん。コリンズ君がどこに行っちゃったか解るの?」
「あぁ、解るよ」
「え!?でも、この部屋の窓は開かないし、この部屋に出入りする通路は、お父さんと会ったあの道だけだよ?」
「ふっふっふ…。まだまだ青いな、レックス君?お前のお父さんは、お前より小さな時にこの謎を解いたんだぞ?」
「え、えぅ〜…?」
困惑するお兄ちゃんを尻目に、ヘンリーおじ様がコリンズ君の部屋の机に近づいて行きます。
「その謎の秘密とはぁ…?ジャカジャーン!」
「あ!」
軽快な掛け声と共に、おじ様がコリンズ君が座ってた椅子を持ち上げました。
すると、椅子の下に隠れていた階段が顔を出しました。
「ふっふっふ…。見たか!これぞラインハット王家に代々伝わりし、隠し階段の術!!!」
「すごいすごーい!」
お兄ちゃんはなんだか大喜びです。
男の子って、こういうのが好きなのかな?
「さ。遊んでないで、コリンズ君に会いに行こう」
「…アルス。お前って時々すげぇ淡白だよな。もっとこうノリってもんをだなぁ…」
楽しそうに話ながら、階段を降りていくお父さんとおじ様。
私とお兄ちゃんも、二人の後ろについて行きました。
階段を降りると、ほの暗い通路に降りました。
辺りを見回すと、すぐにコリンズ君を見つけることができました。
コリンズ君は手にチョークを持って、一人で壁にラクガキをしていました。
「…コリンズ」
ヘンリーおじ様が声をかけると、コリンズ君は肩をびくっとさせて、恐る恐るこちらを振り向きました。
「なんで二人を追い出したりしたんだ?仲良くしなきゃ駄目じゃないか」
コリンズ君は、顔をうつむかせたまま、なにも答えません。
「黙ってちゃ解らないだろ?コリンズ」
ヘンリーおじ様の口調は、次第に強くなって、なんだかとても怖くなっていきます。
「…あ、あのね、コリンズ君。私たち、なにかコリンズ君を怒らせるようなこと言ったのかな?だったら、あの、ごめんなさい…」
私が聞いても、コリンズ君は答えてくれません。
「いいかげんにしろ!コリンズ!!」
しびれを切らしたヘンリーおじ様が、ついに怒鳴りました。
コリンズ君はびくりと身を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしています。
そんなヘンリーおじ様を、お父さんがなだめています。
「なんで…」
ぼそりと。震えた声でコリンズ君がつぶやきました。
「なんで、俺ばっかり怒られるんだよ…?なんで俺には、兄弟がいないんだよ…?」
今にも泣き出しそうな声で、ふるふると肩を震わせながらしゃべるコリンズ君。
そのときやっと、私達はコリンズ君が怒っている理由が解りました。
「コ、コリンズ…?」
「父上の馬鹿!アホ!三流駄馬っ!!!」
渾身の叫びを上げると、コリンズ君は中庭のほうへ向かって全力で走り出しました。
「タバサ、行こう」
「うんっ」
私とお兄ちゃんは頷き合い、すぐにコリンズ君の後を追いかけました。
…ヘンリーおじ様は、どうやら痛恨の一撃を受けてしまったようです。
「さ、三流駄馬て…。息子に、三流駄馬て…」
立ち直れないんじゃないかと思うほど落ち込むおじ様を、お父さんが必死で慰めていました…。
「コリンズくーん!」
すぐにコリンズ君に追いつくことができました。
コリンズ君は、中庭のお花畑に座り込んでいました。
「あ、あの。コリンズ君。その、僕たちね?うまく言えないけど、その…」
「…いいんだ。解ってる。俺様こそ、ごめんな。レックス、タバサ…」
それは、今まで見たことないくらい素直なコリンズ君でした。
「俺、うらやましかったんだ。お前達兄妹が。ずっと一緒にいて、いっつも仲良しで、嬉しいことも悲しいことも、全部共有して。
なのに俺には、そういう相手がいない…。国の子供たちも、俺のことは『王子』としてしか見てくれない…。
だから、うらやましかったんだ…」
「コリンズ君…」
ずっと、寂しかったんだね。
グランバニアには、私達と同じ年頃の子供はいなかった。
私も、もしお兄ちゃんと双子じゃなかったら、どんなに寂しかったろうって、いつも思ってた。
コリンズ君は、『友達』はたくさんいるけど、『特別』が誰も居ないんだ。
私にとっての、お兄ちゃんのような存在が…。
「はは…。馬鹿だよな…。
自分で、ただのわがままだって解ってるのに。一人でわめいて、父上を怒らせて…」
溜め込んでいた感情が、涙に変わってコリンズ君の頬を滴り落ちました…。
「ごめ、なさい…。ごめんなさい、父上…」
嗚咽をこぼしながら、自分の言った言葉に後悔の念をこぼし続けるコリンズ君。
私とお兄ちゃんは、そんなコリンズ君の髪を、そっと撫でてあげるくらいしかできませんでした。
どのくらいそうしていたのか。
ふと、お空を見上げると、空ははオレンジ色に変わり、太陽は西の空に沈みかけていました。
視線を戻すと、ふっと二人の人影が刺さりました。
後ろを振り向くと、お父さんとヘンリーおじ様が立っていました。
「おいで、二人とも」
お父さんに手招きされ、私とお兄ちゃんはお父さんの傍へ駆け寄りました。
コリンズ君は、うつむいたまま振り向きません。
そんなコリンズ君を、ヘンリーおじさまは優しく抱き上げました。
「…ごめんな、コリンズ。俺、お前のそういう気持ち、ぜんぜん気づいてやれなかった…。
駄目な親父だよな、ほんと…」
その言葉を聞いたコリンズ君は、ぶんぶんと首をふって否定しました。
「違う…。全部、ただの俺のわがままで…。
ごめんなさい、ごめんなさい父上…!」
「でも、これからはもう、そんな寂しい思いはさせないぞっ」
「…え?」
なんのことか解らず、コリンズ君は涙目をきょとんさせました。
「俺も今日、知らせを聞いたばかりでな。あー、こほんっ。
…コリンズ、お前も、もうすぐお兄ちゃんだ!」
「…へ?」
私とお兄ちゃんも、その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかりました。
コリンズ君のほうは、まるで理解できていない様子です。
「つまり、だ。
もうすぐ、お前の弟か妹が生まれるんだよ!コリンズ!」
一瞬の静寂が、中庭全体を包み込みました。
そして静寂は、コリンズ君の歓喜の叫びに破られ、
花の香り、風の歌、水の音色が、新たな命を祝福する詩を奏でました…。
その日はラインハットのお城で一泊し、
次の日の朝、出発することになりました。
ヘンリーおじ様や、マリアさんやコリンズ君、デール王様にお城の兵士さん達、沢山の人が私達を見送ってくれました。
「じゃあな、アルス。はやく、フローラさんが見つかるといいな」
「ああ、ありがとうヘンリー。マリアさん、くれぐれも、お体を大切に」
「はい、ありがとうございます、アルス様…」
もうすぐ、サンチョおじさんが馬車で迎えにきてくれる時間です。
サンチョおじさんは、自分が居ると感情を抑えられないからって、別行動をしています。
はやくわだかまりが解けて、みんなが仲良くできる日が来ればいいなって思いました。
「じゃあね、コリンズくん!」
「ああ。今度お前達が来るときは、俺様もお兄ちゃんだからな!優しく出迎えてやるよ」
「あはは、なんだよそれ。うん、でも、またコリンズ君の弟か妹、みせてね!」
「ああ、絶対見にこいよ!…そうだ、約束の証として、子分のしるしをお前らにもやるよ」
コリンズ君はポケットをごそごそと探ると、小さなメダルを二枚、私達に差し出しました。
「わぁ、ありがとうコリンズ君!」
「…さて、そろそろ時間だ。行こうか、レックス、タバサ」
「はい、お父さん!」
私達は、歩き始めました。
沢山の人々の思いを受けながら。
お母さんを助け出すため。お婆ちゃんを救い出すため。そして、世界の平和を取り戻すため。
いつか生まれてくるコリンズ君の兄弟が、平和に暮らせる世界を手に入れるため。
私達の旅は、続いていきます…。
「ねぇお父さん。このメダル、メダル王様に届けないで、持っていていいかな?」
「あぁ、もちろんだよ。僕が貰えなかった、子分のしるしだからね…」