438氏のSS

 夢を見たの。

 とてもとても怖い夢。

 どこまでも続く、暗い暗い闇の中から、不気味な笑い声が聞えるの。

 笑い声はだんだんと近づいてきて、

 私は怖くなって逃げ出すの。

 でも、逃げても逃げても、声はどんどん近づいてくるの。

 そして、笑い声の主が、私の耳元でこう呟くの。

「どうして逃げるのですか?私は貴女の父親ですよ…?」

 お父さん…?

 私は逃げるのをやめて、ゆっくりと後ろを振り返りました。

 そこには、見たことの無い男の人が立っていました。

 私は、お父さんの顔を知りません。

 だから、今目の前に立っている男の人が誰なのか、私には解りませんでした。

「お父さん、ですか…?」

 恐る恐る訊ねると、男の人はとても不気味な笑みを浮かべ、

 私に手をさし伸ばします。

「そう、貴女を迎えに来たのですよ。

 さぁ、一緒にいらっしゃい。

 貴女のお母様も、お婆様も、貴女のことをお待ちですよ…?」

 本当に、お父さん…?

 この人について行けば、お母さんにも会えるの…?

 私は、差し出された手を恐る恐る握ろうとしました。

 けれど、指先が触れた瞬間、禍々しい邪念が流れ込んでくるのが解りました。

 …違う、この人はお父さんなんかじゃない。

 掴みかけた手を振り払い、また振り返って逃げ出そうとしました。

 その瞬間、首筋になにかひやりと冷たいモノが当てられました。

 鋭く研ぎ澄まされた鎌が、私の咽喉元を捕らえていました。

「ほっほっほ…。勘の良い子供は嫌いですよ…?」

 身動きが、とれません。

 嫌…、怖い…、助けて…、

 お兄ちゃん…!

「タバサっ!!!どうしたのタバサっ!?」

 目を開けるとそこは、グランバニアの私達のお部屋でした。

 酷く気持ち悪い感触。

 冷や汗で、身に着けていたパジャマはぐっしょりと濡れていました。

「大丈夫タバサ…?ずいぶんうなされてたよ…?」

 私の頬に手をあてがいながら、心配そうに顔を覗き込むお兄ちゃん。

 安堵と同時に寂しさが溢れ返り、瞳に映るお兄ちゃんの姿が、

 みるみるうちに涙で歪んでいきました。

「会いたい、よ…。お父さん…、お母さん…。…ふっ、ぇえ…」

 ぽろぽろと泣き崩れる私のおでこに、お兄ちゃんが優しくキスをしてくれました。

 そのまま私を抱き寄せて、そっと髪を撫でてくれました。

「大丈夫だよタバサ?僕はずっと、タバサの傍にいるから…」

 耳元でささやくお兄ちゃんの声が、

 さっきの夢の恐怖をゆっくりと取り除いてくれます。

 今はもう少しだけ、このまま甘えさせて…。

 グランバニアの夜は、ゆっくりと更けていきました…。 


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