438氏のSS…3

 窓から零れるお日様の光が、まだうっすらと寝ぼけている私に話しかけます。

 もう朝だよ、早く起きなさい、って。

 平和な朝。ついこの前まで、戦いの連続だった毎日が嘘みたいに。


 私達は、大魔王ミルドラースを倒し、平和な世界を手に入れました。

 魔物さんたちは悪いココロを忘れ、それぞれの住処に帰っていきました。

 もう、魔物さんに襲われることに怯える人もいません。

 みんなが笑顔で仲良くできる世界。

 そんな世界を、私達は手に入れました…。


「ねぇねぇお母さん、お弁当のおかずはなぁに?」

「うふふ、開けてからのお楽しみよ」

 キッチンのほうから、お兄ちゃんとお母さんの話し声が聞えます。

 お弁当…。ああ、そうだ。今日は…。

 まだ寝ぼけている頭を必死で起こして、

 ゆっくりとベッドを降りました。


「おはようございます…」

 眠気眼をこすりながら、エプロン姿のお母さんとお兄ちゃんに朝のご挨拶。

 鼻先を、タマゴを焼いた甘い香りや、ちょっと焦げたお魚のおいしそうな匂いがかすめました。

「あ、おはようタバサ!珍しいね、タバサが僕より遅く起きるなんて」

 寝ぼすけのお兄ちゃんを起こしてあげるのは、いつも私なの。

 でも昨日の夜は、今日のことを考えると、わくわくしてなかなか眠れなかったの…。

「私も、お弁当作るのお手伝いしたかったです…」

「いいのよタバサ。お母さん、二人のためにとびっきり美味しいお弁当作ったから」

「うん…。楽しみなの…♪」

 今日は、みんなで森へピクニックへ出かける日です。

「お父さ〜ん。はやく行こうよ〜?」

「ご、ごめんねレックス。サンチョ、この書物を文献室に。

 あぁ、ついでにエルヘブンに関する資料をまとめて持ってきてくれ。

 あ!オジロン叔父さん!今度の各国合同会議だけど…」

 私達のお父さんは、グランバニアの王様です。

 旅が終わってからというもの、お父さんは毎日毎日、目の回るような忙しさ。

 悪い魔物さんがいなくなっても、世界のみんなが幸せになったわけじゃないんだって。

 世界中全ての人が笑顔でいられるように、この平和がずっと続くように。

 王様がやらなければならないことは沢山あるんだって。

 なんだか、王様ってとっても大変そうです…。

 お兄ちゃんもいつか、王様になって、お父さんみたいに忙しくなるのかな。

 そうしたら私とも、毎日遊べないのかな?

 …なんだか、嫌だなって思いました。

「あー、アルス王?国務を張り切るのも結構ですが、

 家族サービスも大切な仕事の一環。ないがしろにするものではありませんぞ?」

「え。えぇでも、せめてこの書類を片付けておかないと…」

「そんなもの、このオジロンに任せておきなさい。

 さぁさぁ、早く仕度を整えて。かわいい奥さんや子供達に愛想を尽かされますぞ?」

 オジロン叔父さんは、ぶぅっとふてくされるお兄ちゃんにウィンクを送りながら、

 お父さんが抱える大量の書類をガバっと奪いました。

「…ありがとう、オジロン叔父さん」

 にっこりと微笑むと、お父さんは衣装室へと足を向けました。

 それをみたお兄ちゃんが、ぱぁっと顔を輝かせました。

「さぁ、二人とも。お母様を呼んでおいで。

 ノロマなお父様がやっと腰を上げたぞ〜、とな?」

 オジロン叔父さんは、ほっほっほっと笑いながら、書類を抱えて歩いていきました。

「えへへ、さっすがオジロン叔父さんだね!

 さ、行こう!タバサ!」

「うん!」

 私達は階段を駆け上がって、お母さんが待つ寝室へと向かいました。

「それじゃあ、留守を頼むよ、みんな」

 お城のみんなが、門の外までお見送りをしてくれました。

 ちょっと西の森まで出かけるだけなのに。

 なんだかちょっぴり恥ずかしいです。

「アルス王。魔物の脅威が去ったとはいえ、

 不埒な輩が王の命を狙ってないとも限りませぬ。

 くれぐれも、油断は禁物ですぞ?」

「解ってるよ、サンチョ。それじゃ、いってくるよ」

 みんなに見送られながら、私と、お兄ちゃんと、お父さんとお母さん。

 四人は、西の森へ向けて歩き出しました。


 旅の途中、何度も歩いた、見慣れた風景。

 けれど、あの頃とはまるで違って見える世界。

 澄み切った青空、活き活きと栄える草木の香り、怯える事無く空を舞う小鳥さん達。

 なにもかもが、輝いて見えます。

 私達が手に入れた、平和な世界。

 目に見えるモノ全てが、私達に「ありがとう」って言っている。

 そんな気がして、なんだかとっても嬉しくなりました。

「サンチョも心配性だよね。

 そんなに心配なら、サンチョも一緒にくればよかったのに」

 お兄ちゃん、本当はお城のみんなとも一緒に行きたかったみたいなの。

 でも、サンチョおじさんもドリスお姉ちゃんも、ピピンも魔物さん達も、

 みんな口を揃えて、私達だけで行ってきないさい、って。

「レックス?サンチョさんは、私達に気を使ってくださってるのよ。

 ずっと旅をしてきたけれど、親子水入らずで出かけたことなんて、なかったもの。  ねぇ、あなた?」

 とても幸せそうに微笑むお母さん。

 それは、今まで見たことがないくらい、幸せそうなお母さんの姿でした。

 一時間ほど、西に向けて道なりに歩くと、程なくして森へと差し掛かります。

 目的地は、森を抜けた先の開けた場所にある湖です。

 森を歩きながら私達は、旅をしていた頃の話をしました。

 辛かったり苦しかったりしたけれど、嬉しいことも楽しいこともいっぱいあったね。

 もう二度と、繰り返してはいけない事だけれど、

 沢山の人々の命を紡いで作られた平和だということを、忘れてはいけないよ。

 お父さんは、とても穏やかな瞳で、私達に語りかけました。

 …ふと、木漏れ日の中に、ほんの一瞬、

 パパスお爺様とマーサお婆様の姿が見えたような気がしました。

 二人は、瞬きと同時に見えなくなってしまったけれど、

 きっと、ずっと私達を見守ってくれているんだよね。

 これからも、ずっと…。

「着いたー!」

 森を抜けると、お日様の光を反射してキラキラと輝く、大きな湖が姿を見せました。

 昔のような淀んだ空気が一切無く、ただただ美しく揺れる水面が私達を出迎えてくれました。

 周りを囲む森からは、動物さん達の歌声が聞えます。

 それに混じって時々、森に住む魔物さん達の声も聞えます。

 けれど、昔のような邪念は無く、ただただ自然の情景に溶け込んでいます。

「綺麗ね…」

 お母さんが呟くと、お父さんは何も言わず、お母さんの肩を抱き寄せました。

 なんだか、邪魔しちゃ悪いような気がして、

 私は二人に気づかないフリをして、湖の端で遊んでいるお兄ちゃんのもとに駆け寄りました。

「ほら、見て見てタバサ!お魚が沢山いるよ!」

「うわぁ♪本当だね…♪」

 澄み切った水の中に、かわいい小魚さんが群れを成して泳いでいます。

 深いところを眺めると、お魚さんに混じってプチイールやしびれくらげも見えました。

 けれど、みんな喧嘩することなく、仲良く泳いでいます。

「綺麗だね…」

 私は、お母さんのマネをしてそう呟いてみました。

「うん。本当だね…」

 けれど、お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんでした。

「…?どうしたの、タバサ?」

「…なんでもないもんっ」

「…変なタバサ」

 水面に映る私の顔は、ほんのちょっぴり赤くなっていました…。

「レックスー!タバサー!そろそろお弁当にしましょー」

 お母さんが、私達を呼んでいます。

「ぁ。はーい!行こ、タバサ」

「うんっ」

 私達が戻ると、お母さんたちはもうお弁当を広げていました。

 地面に敷いてあるのは、ひょっとして…。

「魔法の絨毯…?」

「そう。船を持ってくるのは、さすがに無理だからね。さ、二人とも座って」

 お父さんはそう言うと、ポムポムと絨毯を叩いて合図を送りました。

 私達が慌てて絨毯に座ると、絨毯はふわりと宙に浮き、

 ゆっくりと湖に向けて動き出しました。

 絨毯は水面スレスレをふわふわと進み、私達を湖の遊覧へと案内してくれました。

「わふぅ。気持ちいい〜♪」

 ゆっくりとゆっくりと、湖の上を進む絨毯。

 ゆったりと流れる空気と、ぽかぽかと煌くお日様の光を体いっぱいに受けて、

 とても心地良いの。

「さぁ、お母さんが作ってくれたお弁当、いただこうか」

「はーい♪」

 絨毯の上に、三段重ねのランチボックスが広げられていました。

 お肉や野菜、アンチョビが挟まれたサンドイッチ。

 甘くてふっくらとした玉子焼き、色取り取りの野菜が詰められたサラダ。

 唐揚げ、エビフライ、鮭のムニエル。

 竹串に刺さった一口ステーキや、ウサギの形に剥かれたリンゴもあります。

 どれも、とても美味しそうです。

「たくさん作ってあるから、慌てないでゆっくり食べてね」

「はーい!いただきまーす♪」

 言うのが早いか、お兄ちゃんが目にも留まらぬ速さで手を伸ばし、

 口を大きく開けてサンドイッチを頬張りました。

「ん〜…♪おいひぃ…♪」

「お兄ちゃん、はしたないです…」

 お母さんが、嬉しそうにくすくすと笑っています。

 私もゆっくりと、サンドイッチを口へ運びました。

「…美味しい、です」

 本当は、もっと気の利いた言葉を伝えたかった。

 けれど、口の中いっぱいに広がる幸せは、とても平凡で退屈な言葉しか口にさせてくれません。

「ありがとう、お母さん…♪」

 お母さんの目をみつめながら、精一杯の感謝の言葉を伝えました。

「ふふ、どういたしまして♪」

 幸せ…。

 ずっと離れ離れだった、私達。

 戦いの日々が終わり、ようやく勝ち取った平和。

 お兄ちゃんが、隣にいる幸せ。

 お父さんが、優しく微笑んでいる幸せ。

 お父さんの隣に、幸せそうなお母さんがいる幸せ。

 もしかしたら、普通の子供達には、あたりまえなのかもしれない幸せ。

 けれど、私にとって、なによりもかけがえの無い幸せ。

 …どうか。

 どうかこの幸せが、いつまでもいつまでも、続きますように…。


 日が暮れる頃、私達は手をつないで、ゆっくりと歩きながら、私達の家へと帰りました。


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