窓から零れるお日様の光が、まだうっすらと寝ぼけている私に話しかけます。
もう朝だよ、早く起きなさい、って。
平和な朝。ついこの前まで、戦いの連続だった毎日が嘘みたいに。
私達は、大魔王ミルドラースを倒し、平和な世界を手に入れました。
魔物さんたちは悪いココロを忘れ、それぞれの住処に帰っていきました。
もう、魔物さんに襲われることに怯える人もいません。
みんなが笑顔で仲良くできる世界。
そんな世界を、私達は手に入れました…。
「ねぇねぇお母さん、お弁当のおかずはなぁに?」
「うふふ、開けてからのお楽しみよ」
キッチンのほうから、お兄ちゃんとお母さんの話し声が聞えます。
お弁当…。ああ、そうだ。今日は…。
まだ寝ぼけている頭を必死で起こして、
ゆっくりとベッドを降りました。
「おはようございます…」
眠気眼をこすりながら、エプロン姿のお母さんとお兄ちゃんに朝のご挨拶。
鼻先を、タマゴを焼いた甘い香りや、ちょっと焦げたお魚のおいしそうな匂いがかすめました。
「あ、おはようタバサ!珍しいね、タバサが僕より遅く起きるなんて」
寝ぼすけのお兄ちゃんを起こしてあげるのは、いつも私なの。
でも昨日の夜は、今日のことを考えると、わくわくしてなかなか眠れなかったの…。
「私も、お弁当作るのお手伝いしたかったです…」
「いいのよタバサ。お母さん、二人のためにとびっきり美味しいお弁当作ったから」
「うん…。楽しみなの…♪」
今日は、みんなで森へピクニックへ出かける日です。
「お父さ〜ん。はやく行こうよ〜?」
「ご、ごめんねレックス。サンチョ、この書物を文献室に。
あぁ、ついでにエルヘブンに関する資料をまとめて持ってきてくれ。
あ!オジロン叔父さん!今度の各国合同会議だけど…」
私達のお父さんは、グランバニアの王様です。
旅が終わってからというもの、お父さんは毎日毎日、目の回るような忙しさ。
悪い魔物さんがいなくなっても、世界のみんなが幸せになったわけじゃないんだって。
世界中全ての人が笑顔でいられるように、この平和がずっと続くように。
王様がやらなければならないことは沢山あるんだって。
なんだか、王様ってとっても大変そうです…。
お兄ちゃんもいつか、王様になって、お父さんみたいに忙しくなるのかな。
そうしたら私とも、毎日遊べないのかな?
…なんだか、嫌だなって思いました。
「あー、アルス王?国務を張り切るのも結構ですが、
家族サービスも大切な仕事の一環。ないがしろにするものではありませんぞ?」
「え。えぇでも、せめてこの書類を片付けておかないと…」
「そんなもの、このオジロンに任せておきなさい。
さぁさぁ、早く仕度を整えて。かわいい奥さんや子供達に愛想を尽かされますぞ?」
オジロン叔父さんは、ぶぅっとふてくされるお兄ちゃんにウィンクを送りながら、
お父さんが抱える大量の書類をガバっと奪いました。
「…ありがとう、オジロン叔父さん」
にっこりと微笑むと、お父さんは衣装室へと足を向けました。
それをみたお兄ちゃんが、ぱぁっと顔を輝かせました。
「さぁ、二人とも。お母様を呼んでおいで。
ノロマなお父様がやっと腰を上げたぞ〜、とな?」
オジロン叔父さんは、ほっほっほっと笑いながら、書類を抱えて歩いていきました。
「えへへ、さっすがオジロン叔父さんだね!
さ、行こう!タバサ!」
「うん!」
私達は階段を駆け上がって、お母さんが待つ寝室へと向かいました。
「それじゃあ、留守を頼むよ、みんな」
お城のみんなが、門の外までお見送りをしてくれました。
ちょっと西の森まで出かけるだけなのに。
なんだかちょっぴり恥ずかしいです。
「アルス王。魔物の脅威が去ったとはいえ、
不埒な輩が王の命を狙ってないとも限りませぬ。
くれぐれも、油断は禁物ですぞ?」
「解ってるよ、サンチョ。それじゃ、いってくるよ」
みんなに見送られながら、私と、お兄ちゃんと、お父さんとお母さん。
四人は、西の森へ向けて歩き出しました。
旅の途中、何度も歩いた、見慣れた風景。
けれど、あの頃とはまるで違って見える世界。
澄み切った青空、活き活きと栄える草木の香り、怯える事無く空を舞う小鳥さん達。
なにもかもが、輝いて見えます。
私達が手に入れた、平和な世界。
目に見えるモノ全てが、私達に「ありがとう」って言っている。
そんな気がして、なんだかとっても嬉しくなりました。
「サンチョも心配性だよね。
そんなに心配なら、サンチョも一緒にくればよかったのに」
お兄ちゃん、本当はお城のみんなとも一緒に行きたかったみたいなの。
でも、サンチョおじさんもドリスお姉ちゃんも、ピピンも魔物さん達も、
みんな口を揃えて、私達だけで行ってきないさい、って。
「レックス?サンチョさんは、私達に気を使ってくださってるのよ。
ずっと旅をしてきたけれど、親子水入らずで出かけたことなんて、なかったもの。
ねぇ、あなた?」
とても幸せそうに微笑むお母さん。
それは、今まで見たことがないくらい、幸せそうなお母さんの姿でした。
一時間ほど、西に向けて道なりに歩くと、程なくして森へと差し掛かります。
目的地は、森を抜けた先の開けた場所にある湖です。
森を歩きながら私達は、旅をしていた頃の話をしました。
辛かったり苦しかったりしたけれど、嬉しいことも楽しいこともいっぱいあったね。
もう二度と、繰り返してはいけない事だけれど、
沢山の人々の命を紡いで作られた平和だということを、忘れてはいけないよ。
お父さんは、とても穏やかな瞳で、私達に語りかけました。
…ふと、木漏れ日の中に、ほんの一瞬、
パパスお爺様とマーサお婆様の姿が見えたような気がしました。
二人は、瞬きと同時に見えなくなってしまったけれど、
きっと、ずっと私達を見守ってくれているんだよね。
これからも、ずっと…。
「着いたー!」
森を抜けると、お日様の光を反射してキラキラと輝く、大きな湖が姿を見せました。
昔のような淀んだ空気が一切無く、ただただ美しく揺れる水面が私達を出迎えてくれました。
周りを囲む森からは、動物さん達の歌声が聞えます。
それに混じって時々、森に住む魔物さん達の声も聞えます。
けれど、昔のような邪念は無く、ただただ自然の情景に溶け込んでいます。
「綺麗ね…」
お母さんが呟くと、お父さんは何も言わず、お母さんの肩を抱き寄せました。
なんだか、邪魔しちゃ悪いような気がして、
私は二人に気づかないフリをして、湖の端で遊んでいるお兄ちゃんのもとに駆け寄りました。
「ほら、見て見てタバサ!お魚が沢山いるよ!」
「うわぁ♪本当だね…♪」
澄み切った水の中に、かわいい小魚さんが群れを成して泳いでいます。
深いところを眺めると、お魚さんに混じってプチイールやしびれくらげも見えました。
けれど、みんな喧嘩することなく、仲良く泳いでいます。
「綺麗だね…」
私は、お母さんのマネをしてそう呟いてみました。
「うん。本当だね…」
けれど、お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんでした。
「…?どうしたの、タバサ?」
「…なんでもないもんっ」
「…変なタバサ」
水面に映る私の顔は、ほんのちょっぴり赤くなっていました…。
「レックスー!タバサー!そろそろお弁当にしましょー」
お母さんが、私達を呼んでいます。
「ぁ。はーい!行こ、タバサ」
「うんっ」
私達が戻ると、お母さんたちはもうお弁当を広げていました。
地面に敷いてあるのは、ひょっとして…。
「魔法の絨毯…?」
「そう。船を持ってくるのは、さすがに無理だからね。さ、二人とも座って」
お父さんはそう言うと、ポムポムと絨毯を叩いて合図を送りました。
私達が慌てて絨毯に座ると、絨毯はふわりと宙に浮き、
ゆっくりと湖に向けて動き出しました。
絨毯は水面スレスレをふわふわと進み、私達を湖の遊覧へと案内してくれました。
「わふぅ。気持ちいい〜♪」
ゆっくりとゆっくりと、湖の上を進む絨毯。
ゆったりと流れる空気と、ぽかぽかと煌くお日様の光を体いっぱいに受けて、
とても心地良いの。
「さぁ、お母さんが作ってくれたお弁当、いただこうか」
「はーい♪」
絨毯の上に、三段重ねのランチボックスが広げられていました。
お肉や野菜、アンチョビが挟まれたサンドイッチ。
甘くてふっくらとした玉子焼き、色取り取りの野菜が詰められたサラダ。
唐揚げ、エビフライ、鮭のムニエル。
竹串に刺さった一口ステーキや、ウサギの形に剥かれたリンゴもあります。
どれも、とても美味しそうです。
「たくさん作ってあるから、慌てないでゆっくり食べてね」
「はーい!いただきまーす♪」
言うのが早いか、お兄ちゃんが目にも留まらぬ速さで手を伸ばし、
口を大きく開けてサンドイッチを頬張りました。
「ん〜…♪おいひぃ…♪」
「お兄ちゃん、はしたないです…」
お母さんが、嬉しそうにくすくすと笑っています。
私もゆっくりと、サンドイッチを口へ運びました。
「…美味しい、です」
本当は、もっと気の利いた言葉を伝えたかった。
けれど、口の中いっぱいに広がる幸せは、とても平凡で退屈な言葉しか口にさせてくれません。
「ありがとう、お母さん…♪」
お母さんの目をみつめながら、精一杯の感謝の言葉を伝えました。
「ふふ、どういたしまして♪」
幸せ…。
ずっと離れ離れだった、私達。
戦いの日々が終わり、ようやく勝ち取った平和。
お兄ちゃんが、隣にいる幸せ。
お父さんが、優しく微笑んでいる幸せ。
お父さんの隣に、幸せそうなお母さんがいる幸せ。
もしかしたら、普通の子供達には、あたりまえなのかもしれない幸せ。
けれど、私にとって、なによりもかけがえの無い幸せ。
…どうか。
どうかこの幸せが、いつまでもいつまでも、続きますように…。
日が暮れる頃、私達は手をつないで、ゆっくりと歩きながら、私達の家へと帰りました。